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二次創作およびオリジナル小説(幕末~太平洋戦争と、ロマンス)や、歴史に関することなどのブログ
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楚漢の戦いに決着がついて早二年、劉邦、彼は既に帝位につき高祖となっている、は、宮殿から悠然と城内を見下ろしている。長年の戦いに倦み疲れた中原にも、ようやく太平の御代がやってきたのである。
農民の出であった儂が、ようもここまで。
劉邦は、自分の強運に感心するばかりである。
「陛下・・・」侍従が恭しく冠を差し出した。
謁見の刻限が近いのだ。皇帝とは窮屈なものだな、高祖はふと考える。そのような所は、沛公と呼ばれたころのままだった。

 

謁見が始まった。もともと格式張ったことが大嫌いな彼であったが、皇帝としての権威は保たねばならない。嫌悪の対象でしかなかった儒学者の意見を採り入れ、ようやく宮廷らしい形を整えていた。文武百官が恭しく出迎える中、彼は玉座に着く。そこには、もはや昔日の沛公の面影はない。漢帝国の皇帝の姿があるのみである。
「何をお探しですか?」若い侍従が尋ねた。高祖はそれには答えず、視線を前に向けた。

子房は・・・不覚にも侍従に尋ね返す所であった。高祖は子房が去った日のことを思い出す。張良子房、彼がいればこその自分である。その恩を忘れる高祖ではなかった。破格の恩賞も彼にならば惜しくはない。しかしなぜか、彼は固持し、自分の元を去っていった。
陛下・・・張良の声が聞こえてくる。
私(わたくし)は、舌先三寸で、陛下の師となることができました。もう、それ以上何を望みましょう。私の役目は終わりました。これからは、神仙の術を学び、仙人となりとうございます。

現実主義者であった高祖にとって、あの張良がなぜ仙人などという荒唐無稽なことを信じたのか、理解できない。子房よ、お前の知略がまだ必要なのだ。この国には。高祖は心の中でため息をついている。
「陛下」おそば近くに控えた背の高い美丈夫が、手持ちぶさた気味の皇帝に声をかけた。そこは子房がいた席だった。そう思いながら皇帝は悠然と言葉をかける。
「陳平か。主ぁ、また朝帰りかえ。ご盛んじゃのお。」
「陛下!!」
群臣達は、必死で笑いをこらえていた。ご盛んなのは、陳平だけでなく、高祖本人もであることを知らぬものはいない。

「陛下にも困ったものだ。」謁見のあと、陳平は丞相の蕭何に話しかけた。広い廊下には二人の他は誰もいない。もっと威厳を持って頂かなくては、それが、策士・陳平の考えである。
「まあ、良いではないか。」蕭何は答えた。劉邦は少し暇をもてあましているのだ。旗揚げしてからというもの、戦いにつぐ戦いで、息をつく間もなかった。少しのんびりさせてやっても罰は当たるまい、秦は急ぎすぎた。そのために滅んだのだ。我々はその轍を踏んではならない。蕭何は微笑みながら言葉を続けた。
「まあ、竜の運気に乗って、わしもそなたもここまで、上り詰めたのだ。」
そのあと、真顔になり沈黙した。二人は一瞬目と目を合わせ、黙礼すると分かれた。
あとは、振り落とされないようにせねばならぬ。
おそらく蕭何も同じ思いだろう。陳平は宮中を退出しがてら考えている。張子房、上手く逃れたな。さすが三傑と言われただけのことはある。
神仙の術など、方便に過ぎないことは、陳平には手に取るように分かる。功臣の出処進退というものを張良は分かりすぎるほど分かっていたのだ。張子房は、無欲な男だった。それが、あの見事な引退となったのだ。張良の欲のなさは、韓の王族という彼の出自のなせる技であったに違いない。祖国の仇を討つ、それだけがあいつの目的だった。秦の滅亡後は、いわば子房にとってはおまけの人生だったのだろう。だが、俺は違う。俺にはまだやるべき事、やりたい事が残っている。陳平はそう考えている。

「暇じゃのお。」その夜、寵姫・戚氏の膝を枕に高祖はつぶやいた。
「陛下は、楚漢の戦の折りのほうが、よろしかったのでございますか。」戚夫人は整った眉を微かにひそませた。「私は、今が一番、幸せでございます。この幸せがいつまでも続きますことが、私のささやかな望みでございます。」自分の膝をまさぐる皇帝をあやすかのように、美貌の寵姫は婉然と微笑んだ。
「国は安泰じゃ。そなたの望みも然りじゃ。」高祖は、そう言いつつも、楚漢の戦いを思い出す。あの時は・・・そして・・・戦いの日々を懐かしく思い出す余裕ができたと言うべきか、それとも・・・

その日、いつものように謁見が始まった。しかし、その日の謁見は、いつもとは違っていた。馬邑からの急使が、代王の匈奴への降伏を伝えてきたのである。
北方の蛮族めが、口々に叫ぶ群臣達の表情に、微かに恐怖の色が見えるのを、陳平だけでなく高祖も見逃してはいない。匈奴は、秦の蒙恬将軍によって北に追いやられていたのだが、この楚漢の戦いの間に、息を吹き返してきたのだ。
ハエのような連中じゃが、厄介な相手だな。高祖は考えている。しかし同時に、あの楚漢の戦の折りのような、一種高揚するような緊張感をまた、味わえるのかという、奇妙なうれしさも感じずにはいられなかった。
謁見は急遽、軍議に変わった。
匈奴何するものぞ。漢の栄光は今や、国土の隅々まで伝わっている。北方の蛮族に、中原の文明というものを思い知らせてやろうではないか。楚漢の戦を勝ち抜いた武将達の声がこだまする。そのなか、高祖は口を開いた。
「将軍は誰が適任か。」武官達は口々に自身を推挙した。
高祖はおもむろに、言葉を発した。
「儂自らが出陣する。」
 
皇帝の一言で全てが決まった。

宮殿は、武官達の歓喜の声がこだまする。すぐさま30万の兵が集められた。高祖はその大軍を率いて、代に進撃することとなった。
陳平は既に、代に潜伏させていた密偵から、情報を集めていた。代王は、無断で匈奴との和議を結ぼうとしたことを高祖に疑われ、やむなく匈奴に下ったのだ。漢の情報は敵方に知られているのは確実である。陳平の心に一点のしみのように不安が張り付いた。しかし、逆にそれが有利に作用する場合もあるだろう。また、いかなる場合にも、不利を有利に変える柵を巡らすのが自分の役目である。彼はそう自分に言い聞かせた。
 
戦などごめんだというのが、兵達の偽らざる気持ちだろう。
しかし、高祖はそれに気づいていない。気づいていないと言うより、むしろ、上等の酒を含んだときのような幸福な酩酊感に近いものが彼を包んでいた。蛮族に中原の威光を見せつける良い機会ではないのか。将軍達、いや中原の民全てが持つ蛮族に対する軽侮の念が、高祖の心を支配している。
それに・・高祖はさらに思った。あの項羽にさえ自分は勝てたのではないか。彼は一人頷いた。

出陣は秋も深まったころになった。
行軍する将兵達を一目見ようと、人々が繰り出している。歓呼の声の中、高祖は悠然と馬車を進める。張良の館が見えてきた。神仙の術を得るといってから、しばらく合っていなかった。門前に、張良の姿が見える。
痩せたな。高祖は思った。もともと華奢な体つきであったが、穀類を絶つ行でもしているのか、一層、細くなったような気がする。高祖の姿を認めると、張良は一礼した。
子房、体をいとえよ。高祖は心の中で話しかけた。張良と目が合う。彼は微笑みかけた。しかし、かつての軍師は、ただ、高祖を見つめるだけである。その瞳に影が差している。
子房よ。何があったのだ。高祖は問いかけたかった。しかし、人垣に阻まれ、近寄る事は不可能である。軍勢はそのまま歩を進めていく。歓呼の声が高祖から遠ざかっていく。子房の目に宿った影の正体が何であるのか、高祖には見当もつかなかった。そのことは、彼をなぜか不安にさせた。その不安を払うかのように、彼は兵に鬨の声をあげさせた。

都を出るにつれ、風景が変わっていく。収穫の終わった畑にはわずかに草が残り、山々も殺風景な岩肌を見せている。既に北西の風が吹き始め、進軍する兵達も寒さに震えた。冬が駆け足で迫ってきているのだ。戦は年を越す事になるかも知れない。将兵達はそう思っている。それは、高祖や、陳平も同じだった。
蕭何に糧道の事は任せておけばよい。そう陛下は考えているな。陳平はおかしくなった。項羽と異なり、劉邦は部下に仕事を任せるのが得意であった。本心から信頼してくれるために、部下達は十二分の働きをせざるを得ないのであった。
そんなに信頼していると、そのうち寝首をかかれますよ、とふと忠告してやりたい気持ちに捕らわれる。しかし、そのような事はあり得なかった。劉邦の鑑定眼は天下一品ではずれた事など殆ど無かったのである。それが劉邦のもつ不思議な徳だった。

匈奴に下った代王の軍を蹴散らし、晋陽に近づくにつれ、寒さは一層厳しくなった。将兵達の多くは、この寒さは初めてである。まだ十月ではないか。本格的な冬の寒さとはいかなるものだろうか。代王が投降したため、匈奴は勢いをかって晋陽まで攻め込んだという。密偵からの情報では、匈奴の軍勢は略奪を働いたあと晋陽の外で陣を張っているという。
軍議が行われた。
匈奴に関する分かっているだけの情報が報告された。匈奴の軍は、一騎一騎は強いが集団戦は必ずしも得意ではなく、一端旗色が悪くなれば、蜘蛛の子を散らすように雲散霧消し、逃げる事を恥とも思っていない事が報告された。
「なんと言う事だ。」諸将はあざけった。
「それではまるで、野盗、匪賊の類(たぐい)ではないか。」
「蛮族には、武人としての誇りもないとみえる。」
「我らの敵ではありませんな。」
しかし、次の報告には、嘲りを通り越しみなあきれ果てたのである。
今、匈奴を支配している王は、父王を自ら射殺し、王位を簒奪した罪人だというのである。長幼の序を重んじる儒教の教えが、行きわたっている中原の民には考えられないような悪行であった。
「匈奴はまさに、禽獣にも劣る心根しかないと見えまする。」ある将軍が、怒り心頭に発したという風情で叫んだ。
「まこと、そのような非道を天が許すはずもございません。」
「虎狼の心を持つと畏れられた始皇帝も、実父呂不韋を手にかけるはことだけはできなかったものを。」
「しかし、秦は非道によって滅びた。匈奴を亡ぼすのは我らの天命であろう。」
「そうだ。匈奴討つべし。」
出撃は明日と決まった。
匈奴は勝ちに奢り、露営しているという。陣容も密偵達が調べ上げてきた。将軍達は伝令を使い命令を伝えている事だろう。ここで、匈奴を討伐すれば、漢王朝は盤石のものとなる。また、陳平は恩賞を得る事となるだろう。まあ、恩賞には匈奴から奪った土地を与えればよいか。そう高祖は考え、天幕の中に体を横たえた。
  
 


登場人物の紹介

劉 邦・・漢の初代皇帝・高祖 挙兵したころの名は沛公 酒好き女好き、無礼だが包容力あり気前が良い
陳 平・・軍師・策謀家 元は項羽に仕えていた 嫂に手を出したり?女癖は悪いらしい
子 房・・張良 劉邦の軍師 三傑の一人 仙人になるといって引退
蕭 何・・沛の町時代は劉邦の上役 丞相 三傑の一人 民政の達人

呂不韋・・秦王政(後の始皇帝)の宰相 。政の父・荘襄王の人質時代からの部下、政は成人すると呂不韋を追放し自殺に追い込んだ。政が荘襄王の子ではなく、呂不韋と母親との不義の子であるという噂は史記にも記されている。

蒙 恬・・秦の将軍・筆の創始者という伝説がある。 始皇帝の命で、万里の長城や匈奴討伐を行い、大軍を率いて匈奴を北に追いやった。始皇帝の死後、宦官趙高の奸計によって自殺させられた。
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