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二次創作およびオリジナル小説(幕末~太平洋戦争と、ロマンス)や、歴史に関することなどのブログ
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 戦局を挽回するため、第一機動艦隊司令長官・小沢中将は、アウトレンジ戦法により、米機動部隊との決着をつけようとはかった。これは、数の上で劣勢な聯合艦隊が、零戦・彗星の航続距離を利用し、米軍機の行動範囲外から敵艦隊に攻撃を加える、まさに必殺の戦法であったのである。一平や坂口兵曹長が考えたように、零戦の機能をフルに生かせる作戦であった。しかし、米太平洋艦隊は、その時既に、零戦に対抗する新鋭戦闘機、グラマンF6Fヘルキャットの大編隊の編制を終了し、さらに、200km手前から敵の位置を正確に把握できるよう、高性能の電波探知機レーダーを戦艦・駆逐艦・航空機に装備させていた。いわば、聯合艦隊の行動は敵に筒抜けであったのである。

敵機来襲の報を受け、ただちに米艦隊は、F6Fヘルキャット450機を発進させた。さらに電波誘導システムで、F6Fを零戦の真上まで正確に誘導したのである。


目立った妨害もなく、第一次攻撃隊は西進した。攻撃目標まで後わずか、突如、上空より敵の大編隊が襲いかかった。急降下する敵をかわすべく、操縦桿を引くも、凍り付いたように動かない。止まったように見える零戦に対し、F6Fヘルキャットの12.7mm機銃が火を噴いた。防弾装甲の薄い零戦では、機銃掃射さればひとたまりもない。次々と爆発、操縦士ごと洋上に砕け散った。後にM海のターキー・ショット(七面鳥うち)と嘲笑された大惨敗である。

F6Fの攻撃を免れた零戦はわずかである。彼らは果敢にも米艦隊に対し攻撃を仕掛けた。しかし、待ち受けていたのは凄まじいまでの対空砲火であった。米軍の砲弾は、命中せずとも爆発し破片を四方に散乱させ、零戦を爆発炎上させる。何事が起こったのか理解する間もなく、若い操縦士達は南太平洋上に散華した。彼らを打ち落としたのが、新兵器・VT信管搭載の対空砲弾だったのである。

零戦の優れた格闘性能・速力、その恐ろしさを身にしみて知っていた米国は、総力を挙げて新兵器を開発した。一つがF6Fヘルキャットであり、もう一つがVT信管だったのである。このVT信管開発には、マンハッタン計画に匹敵する予算が組まれたという。まさに、金田一等水兵の分析の通り、「経済力」であった。

第二次攻撃隊六五機もなすすべもなく、F6FとVT信管の餌食になった。もはや、聯合艦隊を守ってくれる航空戦力は無いも同然である。着艦したパイロット達を休ませると、米太平洋艦隊はゆっくりと進撃を始めた。

目標、日本海軍、第一機動艦隊・第一航空戦隊。一平達の乗る戦艦・厳島が護衛する空母艦隊にねらいを定めたのである。



発進してから既に6時間が経過した。一つの無線も、一機の帰還機もない。何事が起こったのか。このような場合、待つ方に心理的な負担が大きい。一平は不安になる。

その不安は、小西大佐も小沢中将も同じ事だろう。

左舷に機影が見える。敵機か。緊張が走る。しかしそれは、攻撃隊の残存部隊だった。厳島を初めとする艦は主砲・副砲を下げた。

突如「左舷四五度より、敵機、数一〇〇以上。対空戦闘」

敵は攻撃隊に水先案内でもさせるように、進撃してきたのである。その数、空母14。戦闘機300・・・

五助は、12.7cm高角砲の照準を合わせる。やがて太陽を背にして、新鋭戦闘機F6Fが急降下してきた。

「くそっ。」

まぶしくて機体がみえない。気力で照準を合わせ、対空砲火を敵機に浴びせる。しかし、敵機は嘲笑うかのように、悠々と旋回し、機銃掃射を浴びせかけた。至近弾が炸裂し、腹の底を揺るがすような衝撃が走る。

当たってくれ。彼は自分の未熟さを呪った。五助は知らない。自分の戦っている敵が最新鋭戦闘機であることを、そして、自分たちの砲弾が命中率の低い通常砲弾だと言うことも。零戦は、友軍機はどこだ。高角砲や機銃では上下左右に旋回する敵機を撃ち落とすことができない。早く戻ってきてくれ。


「助けてくれ。」

砂知川はその悲鳴を聞いた。いや、聞いたように思った。一瞬照準から目を離し、後方の空母を見る。司令部のある新鋭空母・大鳳に火柱があがっている。頭が真っ白になり何も考えられない。考えている場合ではないのだ。今すべき事は、敵機を高角砲で打ち落とす、それだけである。

駆逐艦が救助に向かっている。それより速く、微かな白線が海面に走り、空母に向かって一直線に進んだ。魚雷だ。炎があがり、次々と誘爆していく。やがて飛行甲板がふくれあがったかと思うと、轟音とともに火柱があがった。空母は船尾から沈没した。炎が重油に反射して、海を赤黒く染めていた。

護衛する戦闘機のない艦隊ほど惨めなものはない。瀕死の鯨にまるでカマスが襲いかかるように、F6Fは攻撃を繰り返した。巡洋艦が、駆逐艦が、機銃掃射を受けている。その後を追いかけるように、爆撃機がとどめを刺した。厳島の僚艦・金剛が、火だるまになっている。

一平は、その頃主砲室で命令を下していた。

「前方の敵空母艦隊に向け主砲発射。撃って撃って撃ちまくれ。」

戦況はきわめて悪い。攻撃隊は全滅だ。主砲室にいても、機銃掃射の衝撃や、僚艦の爆発が伝わってくる。なぜなんだ。作戦が、これほど一方的な負け戦になるとは。俺は、この戦争は負けると思っていた。しかし、ここで死ぬわけにはいかない。なんと哀れなものだろう。戦闘機相手では、主砲も副砲も役に立たない。高角砲と機銃に委ねるしかないのだ。それも、旋回性能の優れた戦闘機には、歯が立つまい。

「特務中尉。主砲が動きません。」第一主砲砲塔より悲鳴のような入電が飛び込んでくる。

「うろたえるな。工作兵を派遣する。」至近弾の衝撃で、電路が絶たれたな。この大事に、一平は歯ぎしりした。


「空母・翔鶴を守れ。」

艦長の命令の下、厳島は翔鶴にぴたりと併走した。翔鶴の楯となり、襲いかかる敵機を、対空砲火で撃退するつもりだ。対空戦闘の指令を聞くまでもなく、五助は高角砲を撃ちまくった。しかし、当たらない。攻撃隊、早く帰ってきてくれ。

敵機は、厳島に照準を合わせたようだ。数十機で襲いかかり、高角砲や機銃に一斉掃射を浴びせかけた。機銃座の水兵が、吹き飛ばされるのが、五助の視界に入ってきた。

洋上だけではない。水面下にも敵が存在する。厳島の奮戦を嘲笑うかのように、敵潜水艦の魚雷は空母・翔鶴に着弾した。翔鶴は爆発炎上し、海底に沈んだ。

「艦長。翔鶴が。」

艦橋の副官が叫んだ。翔鶴だけではない。姉妹艦・瑞鶴の飛行甲板も火の海だ。第一戦隊は全滅だ。

「左舷より敵機」

沈みゆく夕日を背に、海面すれすれの低空飛行で侵入する敵編隊が見える。新鋭雷撃機TBF。あの角度では、主砲も高角砲も射程範囲外だ。

左舷海面より敵機の報を受け、一平は命令した。

「主砲・副砲・高角砲、角度を最小にして敵雷撃隊を撃て。」ダメで元々だ。

やがて、地響きのような衝撃が加わると、主砲室が左に傾いた。雷撃を食らったな。もう、この艦はダメだ。

「みんな、逃げろ。」一平は叫んだ。

「左舷船倉に魚雷被弾。」

艦橋は大きく左に傾いた。既に浸水が始まっているのだろう。沈没するのも時間の問題だ。

「総員退避。脱出せよ。」直ちに艦長・小西大佐は命じた。


「総員退避。竹浮き輪を用意しろ。」厳島の乗員は次々と海に飛び込んだ。

「中村、砂知川、早く。」金田が叫んでいる。

五助は我に返ったように、最上甲板に飛び出した。

「金田一等水兵、吉崎特務中尉が。」一平さんがまだ下甲板にいる。

「馬鹿野郎!早く飛び込め。人のこと構っている場合か。」金田は五助に怒鳴った。

「ここで死んでたまるか。俺は、靖国の英霊になるなんて真っ平だからな。」

船尾に火柱があがった。轟音の中で聞こえたのは、あるいは空耳だったのかも知れない。

「俺は生きて、何としても自分の国に還ってやる。」金田は飛び込んだ。

「早く、中村君。」

砂知川に促されるように五助も飛び込んだ。重油の浮かんだ黒い海だ。べったりとした感触が不快である。目がひりひりと痛む。運良く竹浮き輪がそばに浮かんでいた。五助と砂知川はそれに掴まると、急いで艦から離れ始めた。大型艦ほど沈没で巻き込まれる範囲が広くなる。海に飛び込んだ将兵達は、少しでも厳島から離れようと皆必死で泳いだ。厳島は船首を空に向けるように垂直に立つと音もなく沈み始めた。艦橋に艦長・小西大佐の姿が見える。戦艦・厳島と運命を共にする気なのだ。

「艦長・・・」砂知川がつぶやいた。



五助と砂知川は、何人かの兵士達といっしょに、竹浮き輪にしがみついている。浮き輪といっても、孟宗竹を切りそろえた幅の狭い筏である。みんなどうしただろう。五助は心細くなってきた。

「砂知川さん、金田さん大丈夫かな。」

「大丈夫だよ。金田君、飛び込むとき叫んでたじゃないか。絶対に生きて帰るって、あれだけ意志が強ければ平気さ。」

「吉崎特務中尉は?」

五助は不安になる。一平は下甲板の主砲室にいた。脱出できただろうか。砂知川も黙っている。おそらく同じ事を考えているのだろう。暗闇に目が慣れてくるにつれ、海面の様子がわかってきた。方々に、木片や竹浮き輪が浮かんでいる。それにしがみついている兵士達が見えた。みんな無事だったのか。五助は安堵した。しかし、五助達の竹浮き輪に近づく人影がある。もう、こっちに来るなよ。これ以上来られたら、竹浮き輪が沈んでしまう。五助はそう思った。

「大丈夫か、お前達。」一平の声だった。

「吉崎特務中尉、ご無事で。」みんな口々に叫ぶ。五助は恥ずかしくなった。

「いいか、夜が明けるまでの辛抱だ。決して眠ってはいかんぞ。むやみに動いて体力を消耗するな。夜が明ければ、友軍の駆逐艦がやってくる。」

一平の言葉に、漂流している兵士達は勇気づけられた。穏やかな海だ。しかし、波は間断なく寄せてくる。次第に体がしんしんと冷えてきた。熱帯の海といえども、人間の体温よりは低い。体温が下がるにつれ、腕が鉛のように重くしびれてきた。流れ出した重油の匂いで、頭がぼうっとなってくる。朝からの戦いで疲労と空腹の極みにいる兵士達は、次第に睡魔の虜となっていった。掴まっていた腕に力が抜け、筏から離れ始める。そうなったら二度と戻っては来ない。

「眠るな。眠ると死ぬぞ。みんな歌でも歌え。」

一平の声に促されるように、五助達は声を張り上げた。

「いやじゃありませんか、軍隊は、かねの茶碗に竹の箸、仏様でもあるまいし・・・」

しゃれにならないな。一平は苦笑しつつ声を合わせた。

戯れ歌で元気付いたのもつかの間、兵士達は眠り始めた。五助も滑り落ち、一瞬竹浮き輪から離れた。

「あ、あれ?」

「バカ者。」一平が引き戻した。「本当に仏様になっちまうぞ。」

五助は慌ててしがみついた。一辺に目が覚めたらしい。世話の焼ける奴だ。ちっとも変わっとらん。一平は昔を思い出した。

中天に月が出ている。いつの間に昇ったのだろう。五助は空を見上げる。

「砂知川さん。月が綺麗だよ。」

しかし、砂知川は答えない。

「砂知川さん!」

やがて、彼は滑り落ちるように筏から離れた。慌てて手首をつかむ。離れようとする砂知川を引き戻そうと、五助は懸命に引っ張った。だが、力が入らない。

「何をしている!」一平が怒鳴った。

「砂知川さんが・・」

「手を離せ。砂知川一等水兵はもう助からん。お前まで死ぬぞ。」

「特務中尉。でも・・」

「手を離せ。命令だ。」

五助は、砂知川の胸ポケットを探った。もし、死ぬようなことがあればと、お互いに遺品を入れておく場所を教えていたのだ。果たして、油紙に包んだ手帳らしきものがあった。

五助は筏に戻った。砂知川はゆっくりとみんなから離れていく。視界から消えていくのを五助は涙に濡れた目で見ているだけだった。さようなら、砂知川さん・・・自分を実の弟のように可愛がってくれた年上の一等水兵に、五助は心の中で手を合わせた。

何回か波が打ち寄せ、竹浮き輪が反転する。その度に、兵士達は海に投げ出され、また筏にしがみつかねばならない。しかし、次第にその兵士の数は減っていく。いつまで持つか。一平も不安になった。


力尽きた日本兵達が、海に沈んでいく。それを待ち受けているもの達が居る。既に海中は、バラバラになった将兵の手足を漁るサメの饗宴が始まっている。兵士の遺体は彼らにとって、エサに過ぎない。引きちぎられた遺体から出る血が、彼らを興奮させる。エサの取り合いがあちこちで始まっている。

惨い有様だった。米軍兵士は皆、ゴムの救命胴衣を身につけていた。逃げ遅れて艦に取り残されたのならともかく、力尽きて海に沈む者は居なかった。浮かんでさえいれば、助かる可能性だってあっただろうに。何と彼らの命は安く扱われていることだろう。しかし、どうすることもできない。救命胴衣を作ることのできる石油が、日本にはもう殆ど残ってはいないのだ。

海中を、かつて砂知川一等水兵だった骸が漂ってきた。まるで、眠っているような穏やかな顔だった。砂知川の周りを旋回する大ザメは、しばらくその死に顔を見つめていたが、やがて砂知川の亡骸を一のみにした。


月が傾いてきた。まだ夜明けには遠い。一平の手もしびれて感覚がない。さすがの彼も死を覚悟した。その時、聞き慣れた音がした。カッターを漕ぐ櫂の音である。

「誰かいるか。」

微かに声がする。

「おーい、こっちだ。」

一平は叫んだ。漂流している兵士達も、次々に声を上げる。カッターが徐々に近づいてきた。兵士達を救助している。早くこっちにきてくれ。五助はいらいらした。

「ご無事でしたか。吉崎特務中尉。」

坂口兵曹長だった。一平と五助は竹浮き輪からカッターに引き上げられた。その竹浮き輪に掴まっていたのは彼ら二人だけだった。

「お前も良く無事で。」一平は兵曹長をねぎらった。

「後何人乗れるか。」兵曹長は水兵に聞いている。

「二人が限界です。」

おそらくもっと多くの兵士が周りに漂流しているに違いない。

「ロープに掴まれ。」

坂口兵曹長は、漂流兵達を励ました。

見ると、士官のものらしい銃と短剣がおいてある。あの小田少尉のものだった。あのタコも乗っているのか、五助は不快な気分になる。しかし、その姿はなかった。

「小田少尉は。」一平が尋ねる。

「お亡くなりになりました。ご遺体は丁重に水葬に致しました。」坂口兵曹長は少し目を伏せてそう答えた。

兵曹長の両の掌に、ロープですったような赤い筋がついているのを五助は見た。

「兵曹長、お怪我を」

「ああ、これか。」

彼は手の擦り傷を一瞥した。そして、かつて厳島の甲板で五助が見たものと同じ、薄い笑いを浮かべた。


主計兵が一平に乾パンと砂糖入りミルクを持ってきた。一平は救助した他の兵士達に先に与えるよう促した。こんな旨い食事があったのだろうかと思うほど、乾パンとミルクは旨かった。皆夢中で食べている。食べ終わると、体が暖かくなってきた。五助は一平に話しかけた。

「召し上がらないのですか?」

「うむ、後で食べるよ。」

カッターに乗った兵士はしばらくは持つだろう。しかし、漂流している者達の命は、あと、二・三時間が限界だろう。決断しなければならない、それもなるべく早く。特務中尉と兵曹長に、重い決断を迫る時間が近づいている。


助かった。腹が満たされると五助は微睡み始めていた。水兵達の声が次第に遠ざかる。穏やかな夜の海だ。

不意に、船底に海中から突き上げるような振動が伝わってきた。皆、振り落とされないようしがみつく。カッターの左舷から、黒い三角形のものが浮き上がってきた。さざ波を立てながらそれは、漂流兵に向かって進み、直前で姿を消した。次の瞬間、兵士を大あごにくわえて、月明かりの中、銀灰色の大ザメが海中から垂直にジャンプした。

「サメだ!」

兵士の絶叫ととともに、血がさっと海中に広がる。

それが、まるで何かの合図だったかのように、竹浮き輪に掴まった兵士達が海に引きずり込まれた。獲物をもてあそぶかのように、次々と大ザメがジャンプする。カッターにも銀灰色のサメが群れをなして襲いかかってきた。また、突き上げるような振動が加わった。サメが水中から体当たりしてくる。転覆させられ、海に放り出されたら最期だ。いかに聯合艦隊の歴戦の勇士といえども、サメにかなうはずもない。

こんな奴らに食い殺されてたまるか。五助は櫂を握った。

「全力でカッターを漕げ。脱出するぞ。」兵曹長が叫んだ。



一隻のカッターに大ザメが襲いかかっている。

乗組員達は、オールや棒で大ザメを追い払おうと必死だ。しかし、彼らが打ち据えているのは、大ザメだけではない。必死にすがりつく仲間を打ち据え、海に蹴落としているのだ。蹴落とされた仲間に大ザメが食らいついている。将校の服を着た男が、大ザメに、そして仲間の人間に銃を撃っている。大ザメには通じないが、人間は一溜まりもあるまい。

もし、地獄というものがあるとするならば、それはこのような光景なのだろうか。

大ザメたちが体当たりを繰り返し、カッターが木の葉のように揺れている。転覆させられ、兵士達がサメの餌食になるのも時間の問題だ。

その時、長かった夜が明けた。太陽の光が海面に広がっていく。


一平達は呆然としている。朝日と共に、大ザメたちは一瞬にして姿を消した。何事もなかったように穏やかな海が広がっている。漂流していたはずの兵達も一人も見えない。

「吉崎特務中尉。我々は夢でも見ていたんでしょうか?」五助が尋ねた。

夢であって欲しい。悪夢であったと。五助の顔がそう言っている。

「中村一等水兵の言う通りだ。我々は集団幻覚を見たらしい。心を平静に保ち、これからの漂流に備えよ。主計兵。皆の食料は後何日残っているか。」

「15日分であります。しかし、定員以上乗り込みましたので、10日分が限度かと思われます。」

「では、お前に食糧の管理を任す。」

主計兵は敬礼した。

兵達に休憩を兵曹長が命じている。兵士達は見張りをのぞき、微睡みに入ったようだった。坂口兵曹長が、一平の手から、小田少尉の銃をはがした。そうして、顔色も変えず海に投げ込んだ。兵達は、幻覚と信じたのだろうか。幻覚と思わなければ、若い彼らには耐えられないだろう。一平は思う。

だが、現実なのだ。

一平は手を見つめる。

この手で、俺は銃を撃った。自分たちが助かりたい一心で、俺は銃を撃ったのだ。たとえ、証拠の銃を捨てたとしても、この手についた血の跡は、生涯消えることはないだろう。気がつくと、坂口兵曹長が、特務中尉を見つめていた。一平は頷くと、微かに微笑んだ。
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