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二次創作およびオリジナル小説(幕末~太平洋戦争と、ロマンス)や、歴史に関することなどのブログ
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昭和三八年。

東京オリンピックを翌年に控え、東京は高度経済成長のまっただ中にあった。集団就職列車で、田舎から若者達が首都に向かい、東京の発展を手助けした。ここ、Y村では、相変わらず昔ながらの暮らしが続いていたが、高度経済成長の槌音は、この村にも密かに、しかし確実に響いてきたのだった。

村に戻った一平は、その後風のように暮らした。降るようにあった縁談も全て断り、一時は捕鯨船に乗ったこともあったが、五助とともに小舟で漁をすることが多かった。そんな一平を村人は好奇の目で見つめた。しかし、一平は一切意に介さず、静かに日々を送っていった。


そんな一平の生活が変わったのは、四年前のことだった。村のほこらに男の赤ん坊が捨てられていた。一平はその子を育てることにしたのである。

「この年になって、子供を授かるとはなぁ。」そういうのが口癖になっていた。

五助は、そんな一平の変化が嬉しかった。たとえ、その子が何者であれ、一平の生活にさした一筋の光のような気がしてならない。



夏の盛りのある日、二人はいつものように舟を出した。波の穏やかな沖に出ると、その子供はすぐに海に入りたがった。一平が抱き上げて海に入れると、子供はすいすいと泳ぎ始めた。そして、高い澄んだ声で笑った。

「こんな小さい頃から、平気で泳げるなんて、一流の漁師になるなぁ。大したもんだ。」一平は目を細めている。

「一平さんが、こんな親ばかになるなって思わなかったなぁ。」五助は笑った。「孫は可愛いって言うもんな。」

「ああ、いつまでこの子と一緒にいられるかわからんが、できるだけのことはしてやりたいと思っとる。」一平が真顔で言う。

「縁起でもねえこと言うもんじゃねぇよ。」

「じっちゃん。」子供が一平を呼んでいる。



浜に戻ると、漁師仲間の男が飛んできた。いつもと違う様子に、二人は顔を見合わせた。

「一平さん、大変だ。進駐軍があんたを捕まえに来たぞ。」男は息を切らしている。

ただならぬ様子に子供は一平にしがみついた。子供をあやしながら一平は尋ねた。

「進駐軍とは、また、古いことを言いよる。一体何があったのか、順序立てて話さんかい。」

「一平さんは捕まるようなこたぁ、何にもやっとらんよ。」五助も不快そうに言った。

男の話では、一平達が漁に出ている間に、米軍将校ののったジープがやってきた。その将校は、村人達にイッペイ・ヨシザキはどこだと尋ねたという。全く心当たりのない一平は当惑するばかりだった。

「ありゃ、MPだわさ。一平さんを巣鴨プリズンにぶち込む気じゃなかろか。」

「んなもんは、とうの昔に無くなっとるわい。」五助は呆れている。

男に促されて、二人は村に戻った。土手の道に確かに、米軍のジープが止まっている。村人達の人垣の中に、群を抜いて背の高い人影が見えた。姿勢の良さから、明らかに軍人であることがよくわかる。

「何者だろう。あのアメリカさん。」「それを確かめるんじゃろう。今から。」二人は緊張した面持ちで歩を進めた。

1m80以上はあるその将校は、たばこを燻らせながら立っていた。短くかった金髪が夏の日差しに輝いている。鋭い青い瞳、大きな鷲鼻、割れた顎、三〇代後半のいかにも歴戦の勇士といった堂々たる風貌である。その将校の息子だろうか、一五・六才ぐらいの少年がジープから降りてきた。

「ジョン・ウェインみたいだ。」ある子供がつぶやいている。

『初めまして、私がイッペイ・ヨシザキです。私をお捜しだったとか。』一平は切り出した。初めて聞く一平の英語に、村人達はどよめいた。

『Mr.ヨシザキ、お久しぶりです。お忘れですか。ロバート・サンダース中佐です。F島ではお世話になりました。』そういうと、彼はにっこりと笑った。その笑顔の中に、一八年前の少年兵が蘇った。

「あーっ、あんた、スクールボーイ・サワムラ、サンダース上等兵か。」五助は驚いている。

「オゥ、ゴスケ、オヒサシブリ。」五助と米軍将校は握手した。

「相変わらず、へったくそな日本語だぁ。」五助は遠慮無く言った。「でも、立派になって。」

「アリガトウ、ゴスケ。シゲオ・ナガシマ、最高ノ、バッター、ダ。メジャーリーグデ、プレイシテホシイネ。」サンダース上等兵の野球好きは相変わらずのようだった。

「だめだ、だめだ。長嶋はわしらの選手なんだ。」五助はむきになって、言い返すと、笑い出した。米軍将校も笑っている。



『サンダース中佐、なぜあなたが、私などに。』しばらくして、一平が口を開いた。

『Mr.ヨシザキ、私がボブおじさんに頼んだんです。あなたに会いたいと。』

ジープから降りた少年が話しかけた。整った顔立ちのその少年も、懐かしい人の面影を写していた。

『ハミルトン中尉、あなたは、ハミルトン中尉の。』一平の声も震えている。

『息子です。初めまして、Mr.イッペイ・ヨシザキ、エドワード・ハミルトンJrです。』

『何と懐かしい。中尉のご恩は忘れられません。今どちらにいらっしゃるのですか?ハミルトン中尉、いや、テッドさんは?』

『父は死にました。朝鮮戦争で、私が五才の時でした。』

思いがけない事実に、一平は言葉を失った。

一平に少年は説明した。早くに父親を亡くした彼には、中尉との想い出は殆ど無かった。わずかに、かつての部下や副官だったサンダース中佐から聞く話と、中尉が士官学校時代から書き続けた日記が、少年と中尉をつなぐものだった。その日記の中に一平のことが書かれていたのだという。父親の面影を求めて、この少年ははるばる日本まで来たのだった。

『父はあなたのことを、勇気ある軍人だと書いていました。』

『ハミルトン中尉こそ、立派な方でした。軍人としても、人間としても・・・敵国の兵隊を差別することなく、人道的に扱ってくれました。お国のことを、そして、自由と民主主義を本当に愛してらした。』

『仲間に軽蔑されることを恐れず、父達に協力し、多くの兵士を救われたそうじゃないですか。真の勇気がないとできないことだと思います。イッペイ・ヨシザキ。』

『あれは、小杉中佐が・・』忘れようとした思い出が蘇る。『私は罪を犯しました。お父さんの言われるような立派な人間ではありません。私は・・・』

『罪、何の罪があったというのですか?父だってサイパンで民間人を射殺してしまった。それをずいぶん悩んでいたそうです。あの時はやむを得なかったのでは、Mr.ヨシザキ。』

違う。自分のしたことは・・・違うんだ。ハミルトン中尉のしたこととは違う・・・

『Mr.ヨシザキ?』なおも尋ねようとする少年をサンダース中佐の手が静止した。幾度も戦場をくぐり抜けた男の手だった。

『ありがとうございました。Mr.イッペイ・ヨシザキ。』少年は一平に礼を述べた。



子供がぐずりだした。サンダース中佐は、その子に“高い高い”をしている。子供はすぐに機嫌を直し、笑い声をあげていた。

『この後、どうされるのです?』一平は少年に尋ねている。

『ボブおじさんの休暇が終わり次第、私は、陸軍幼年学校に帰ります。』父親の跡を継いでこの少年も軍人になるつもりなのか。一平は複雑な気持ちになった。少年は続けた。

『ケネディ大統領は、こう演説されました。「国が何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを問おうではないか。」と、私も国のために精一杯できる事をしたいと思います。』まっすぐな瞳でエドワード・ハミルトンJrは、一平に答えた。



『貴重なお時間を、感謝します。Mr.ヨシザキ。お礼がしたいのです。何か私でできることがあれば。』サンダース中佐が言った。一平は、ためらい勝ちに頼んだ。

『もし、差し支えなければ、私の部下の消息を調べて頂けないだろうか。金田正といいます。朝鮮名はキム・ジョンス、終戦直後、韓国に帰ったと聞きました。彼が今どうしているか、いや、生きているのかだけでも良いのです。お願いします。』彼は、金田一等水兵の生年月日などを手早く書き留めると、サンダース中佐に手渡した。

『解りました。最善を尽くしましょう。』

子供がまた、サンダース中佐の足にしがみついた。一平がとがめると、サンダース中佐は笑って、子供を抱き上げた。

『おじちゃん、高い高い。』子供が片言で言うと、背の高い将校は、ひょいと肩車した。

『お前は良い子だ。おじいさん似で、英語が上手いな。』それを聞くと、子供は澄んだ声で笑った。

『あなたのご家族によろしく。』

『私は、独り身です。』

意外な言葉に一平は面食らった。『なぜ?』

『私は不器用な男です。心おきなく任務を果たすためです。』

『寂しくはないのですか?』

『Jrがいます。それに、部隊の兵士達は私の大切な家族です。』

『そうですか』一平はそのたたき上げの士官を見つめた。

ジープにエンジンが掛かり、少年が中佐を呼んでいる。

『お別れです。Mr.ヨシザキ。私は、カデナ空軍基地に帰ります。』

『サンダース中佐、武運長久を祈ります。』一平はさっと海軍式敬礼をした。

そのとき、一八年の歳月は消えた。

『感謝します。ヨシザキ大尉。』米軍将校もまた、敬礼を返した。



「そうかい。あの中尉さん、亡くなられたのか。」櫓を漕ぎながら、五助が話しかけている。

「朝鮮戦争で、解らんもんだなぁ。人の運命なんて。」一平はため息をついた。

「息子さん、中尉さんに生き写しだったなぁ。なんて言ってたんだい。」

「陸軍士官になるそうだ、中尉の後を継いで。お国のためにと言っていたよ。」

五助は黙っている。

「サンダース上等兵が、今じゃ中佐様かぁ。大出世だなぁ。」しばらくして五助が、口を開いた。

「アメリカさんは、士官学校出だろうが、たたき上げだろうが差別をせんそうだ。才能ある者なら誰でも昇進できる。それがあの国の軍隊の強さなんだろうよ。」

「そんな国と戦争してたのかい。」

「だけど、何で、所帯を持たなかったんだい?引く手あまただろうによ。」

「後顧の憂い無く、任務を果たしたいそうだ。」

「お国のために・・・後顧の憂い無く・・・か。」五助はため息をついた。

「今じゃ、死語になっちまったな。」一平は遠くを見つめている。



「金田一等水兵の消息を頼んだよ。」一平は懐かしい人の名を五助に告げた。

「金田さんかぁ、元気にしとるだろうか?」

「生きていてくれればいいが」

「生きてるよ。あのM沖海戦の地獄からだって、生還したんじゃないか。あの人が死ぬはずが無い。生きて、きっと、また、俺たちのこと怒っているさ。」

「そうだな、俺たちの国を踏みつけにして、日本は息を吹き返したって、言っとるだろうな。」

二人の心に、遠い昔が蘇った。



秋も深まった頃、一通の海外便が一平の元に届いた。Kadena Air Baseという文字から、サンダース中佐からのものとすぐに解った。

分厚いゼロックスの束とともに、中佐からの短い手紙があった。



親愛なる イッペイ・ヨシザキ

あなたの部下の消息は残念ながらわかりませんでした。

ここに、彼と発音の似た韓国軍の兵士達の朝鮮戦争の戦死報告の写しをお送りします。

この中に、あなたの部下が入っていないことを心から祈ります。

あなたの友 ロバート・サンダース



軍事機密に抵触するかも知れない中、精一杯の彼の厚意であった。一平は、その一枚一枚に、目を通し始めた。やがて、ゼロックスをめくっていった一平の指先が止まった。震える指先からゼロックスの束は滑り落ちると、畳の上に広がった。一平はうなだれたまま、いつまでも畳を見つめていた。







庭先で遊んでいた子供が、濡れ縁から声をかけた。初老の男は、子供を見つめると、畳に広がった紙を集め始めた。そして、茶箪笥から、便箋と万年筆を取り出した。子供はその様子を見つめていたが、やがて、庭先でトンボを追いかけ始めた。秋の日差しを受けて子供の髪の毛が、金茶色に透けていた。秋晴れの空にとびの高く澄んだ声が聞こえてくる。

男が濡れ縁から子供を呼んだ。子供はすぐに飛んできた。男は孫らしき子供の手を引くと、郵便局までの一本道を歩いていった。



また、鳶が鳴き声を上げた。鳥は、ゆっくりと旋回しながら高く高く昇っていく。その遙か上空を、南に向かう米軍輸送機の編隊が白い航跡を描いていった。

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