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二次創作およびオリジナル小説(幕末~太平洋戦争と、ロマンス)や、歴史に関することなどのブログ
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船は三月の初めに東京港に着いた。東京は廃墟と化していた。あの瀟洒な町並みはかけらもなく、一面の焼け野原に汚らしいバラックが点在している。ゴミの饐えた匂いと空襲で焼かれた家屋の匂いが混ざり、異様な臭気が立ちこめている。街そのものの死臭というものがあるとすれば、この匂いがそうなのかも知れない。呆然と見つめながら、一平はふと思った。

「東京は丸焼けだ。これでは、砂知川さんのご家族がどこにいるのか・・・」五助が当惑したようにつぶやいた。

「菩提寺が住所の近くにあるはずだ。そこで聞けば、何か手がかりがあるだろう。」

二人の姿をぼろを着た子供が一瞥すると、そそくさと去っていった。その子に声をかけるものは誰もいなかった。出会う大人達も痩せて顔色が悪く、自分が生きるのに精一杯のようであった。戦災孤児か。一平は思う。負けるというのはこういう事か。我々は国のために戦った。その結果がこれなのか。二人は、押し黙ったまま通りを歩いた。

ヤミ市が開かれていた。そこだけは人であふれていた。品物をかき回す者、いかがわしい商品を売りつけようとする者、人間の浅ましさと欲が渦巻いている。一平は顔を背けた。急に、甲高い笑い声がした。雲を突くような大男の黒人兵が歩いてくる。その兵士の腕にぶら下がるように腕を組んだ若い女の声だった。毒々しいほどの化粧から、娼婦であることは一目でわかる。女は、一平と五助を見ると、軽蔑したような薄ら笑いを浮かべ、米兵にしなだれかかった。

「パンすけめ!」一平が静止する間もなく、五助がつぶやいた。

女は、目をつり上げると、つばを二人に吐きかけた。

「売女。」五助は激怒している。

「よさんか。」一平がたしなめる。

五助の怒りは収まらない。海兵団に入隊してからの日々が頭をよぎる。なんのために戦ったのか。なんのために、あの戦地の苦労は。こんな女達のために俺達は戦ったのか。

「特務大尉。しかし・・」

「止めろといっているんだ。」

米兵が彼女に声をかけた。女は何事もなかったように、愛想良く米兵と歩いていく。角を曲がる刹那、女は一平と目があった。

あんた達のご立派な大義名分とやらのために、私はこうなったんだ。女の山猫のような目が、そういっている。

こみ上げる怒りを抑えきれず、五助は言葉をはき出す。「くろんぼの子供なんか孕んだら、どうする気だよ。」

「よせ。」それから先のことは、一平は考えたくもなかった。



二時間ほどもあるいた頃だろうか。空襲に会わずにすんだらしい一角に二人はさしかかった。あの不快な匂いも消え、落ち着いた町並みに二人の心は和んだ。とある家の四方に縄が張り巡らされ、立ち入り禁止の札が立っている。風に乗って、つんとする石炭酸の匂いが漂ってきた。

「疫病か。」荒廃した街に伝染病が蔓延するのは、至極当然の成り行きだった。

「コロリでしょうか?」不安げに五助が聞いた。



「復員兵さん、なんのご用だね?」もんぺにかっぽう着姿の中年女が声をかけた。

「K寺という寺を探しているんだが、この近所ではないのかね?」一平は尋ねた。

そのおかみに、K寺までの道順を聞くと、一平は礼を言った。

「コロリですかい?チブスですかい?」その家を指さしながら五助が聞いた。

「いや、あんた、狂犬病ですよ。おっそろしいこった。」

「狂犬病?」二人は顔を見合わせた。大震災の頃、猖獗を極めた死の病が蘇ってきたのだろうか。

「いや、もう、聞いて下さいよ。あの恐ろしかったこと。兵隊に取られたお父ちゃんが無事に帰ってきたって、そりゃあ喜んだんですよ。家も焼かれなかったし良かったってね。で、末の坊やが犬っころを拾ってきたんですわ。疎開から戻ったお兄ちゃん達とそれはもうかわいがってたんですよ。ところがね。その犬が狂犬病を持ってたんですよ。それで、家族みんなに噛みついて、一家六人狂い死にですわ。小ちゃい子から順々に・・・」黙っている二人に、女は話し続けた。

「最後に、お父ちゃんがなっちまったんですが、うなって、わしらに食いつこうとするんですよ。食いつかれりゃわしらだって狂い死にさ。予防注射なんかありゃしない。で、わしら、なんまいだぶ、堪忍してくれって、お父ちゃんに水をぶっかけたんです。そしたら、ぎゃーーーんって、犬殺しに首締められるような声出して、びくびくって震えて、そのままおっ死んじまいました。いや、もう、その時のおっかなかった事ぉ・・・」



まるで、夕食の献立を話すように、ぺらぺらと女はしゃべっている。その中身もひどく軽いように一平には聞こえた。しばらく話をさせると、彼は女に再び礼を言うと。その場を後にした。

「特務大尉。私は頭がおかしくなったのでしょうか?・・・何も感じないのです。あんな話を聞いても何も。」

「お前だけではない。私もだ。」一平は答えた。

自分たちは、死を多く見過ぎた。精神が摩耗したのだ。自分たちだけではない、東京の人間は、いや日本人は全て、死に慣らされてしまった。あのおかみも、若い娼婦も、ヤミ市の連中も、大切な何かをすり減らしてしまったに違いない。

程なく、砂知川の菩提寺と聞くK寺についた。墓地が焼夷弾から寺を守ったのか、境内には殆ど被害がなかった。砂知川の遺品をという話を伝えると、すぐに住職が現れた。

「良一君の戦死の報告は届いていたのですが、有り難うございます。遺品を。」七〇近い小柄な住職は二人に頭を下げた。

「ご遺族にお渡ししたいのですが、どちらにいらっしゃるのですか。」一平の問に、住職は顔を曇らせながら、答えた。

「皆、お亡くなりになりました。三月十日の大空襲で・・・」

砂知川の両親と妹は防空壕に避難した。しかし、焼夷弾の発する炎と熱のため、他の避難者共々、中で蒸し焼きになったのだった。防空壕の鉄の扉が人間からしみ出した油でべっとりとぬれていた。その油が外の地面に溜まっていた。

「惨い死に方です。」住職がぽつりと言った。

東京を焼け野原にした焼夷弾の炎がどのようなものだったのか、それは、経験した者でなければ解らないことだろう。三人は本堂の畳に目を落としている。

「この手帳は、ご住職が預かって頂けませんか。砂津川さんもきっと、喜ぶと思います。」しばらくして、五助が提案した。

「中身を拝見してよろしいですか。」そう尋ねると、住職は砂知川の手帳を読み始めた。読み進むうちに、住職の口から嗚咽が漏れた。何が書かれていたのか、一平達は知るよしもなかった。だが、砂知川の、手紙では決して記すことのできなかった、心の叫びが書かれていたことは間違いないだろう。作曲家を志し、その志半ばで戦場に散った若者の。



一平と五助は、砂知川家の墓に詣でた。弔う人のいなくなった墓は、荒れはてていた。二人は、墓を整え、墓石を清めた。五助は湯飲み茶碗を拾ってくると、川の水で見苦しくないようになるまで洗い清めた。二人は土手に咲いたタンポポやレンゲの花を摘むと、湯飲み茶碗にさし、砂知川の墓に手向けた。

「勘弁して下さいよ。砂知川さん。」手を合わせながら五助が話しかけた。「こんな花しか供えてやれなくて、」

しばらく祈った後、五助は口笛を吹き始めた。それはかつて、戦艦・厳島の食堂で砂知川が弾いた曲だった。不作法をとがめようと思った一平だったが、何も言わなかった。五助なりの、砂知川への精一杯の手向けなのだろう。思えば、あの日、砂知川の曲を聴いた兵士のうち一体何人が、故国の土を踏めたのだろうか。日が暮れ始めた。五助はまだ吹いている。口笛の音が夕暮れの墓地に広がっていった。



一平の心は、空虚だった。確かに、国には還れた。二度と戻れないと思っていた日本に。しかし、自分が変わってしまったように、国も人々も皆変わってしまった。自分の信じていたもの、守りたいと思ったものも、もう、何一つも残っていない。一体これから、どう生きていけば良いのだろう。

「お前、これからどうするつもりだ。」五助に尋ねた。

「え?どうするって、村に帰るんでしょう。漁師に戻るんです。特務大尉もそうでしょう。」五助はなぜそんなことを聞くんだとでも言うように不思議そうに答えた。

「海に還るか。」

思いがけない言葉だった。そうだ。それが良いのかも知れない。

「村のみんなはどうしているでしょうね。」五助はそういうと、遠い思い出をたどった。



次の日、K寺を後にすると、二人は東京駅に向かった。焼け残ったホームは、買い出しの人々や復員兵であふれていた。汽車に乗ろうにも、手すりや窓枠、果ては客車の屋根にまで人が鈴なりになっている。何時間も待った後、ようやく、二人はドアの鉄製の手すりのはしにつま先をかけることができた。一平はベルトの先をドアの手すりに通し、自らの体を固定すると、五助にも同じ事をするよう促した。

「この様子じゃ、何時間かかるかわからんからな。S市につくまで。手が使えるようにしておいた方が無難だ。」彼は部下に忠告した。



汽笛を響かすと、ゆっくりと車輪が回った。振動が一平達の体に伝わってくる。手すりにや窓枠にしがみついた者達、屋根にのっている者達は、振り落とされないように体を汽車にぴったりとつけている。汽車はホームを離れた。焼け跡を次第に速度を上げながら進んでいく。線路沿いにたっている電信柱が近づくたびに、手すりにしがみついた人々は、まるで斜め懸垂でもするように体を引き寄せ、電信柱をやり過ごした。いつまでもそんなことをし続けられるわけがない。一平の不安は的中した。一人の復員兵が懸垂動作ができず電柱に激突した。彼はすぐに起きあがると、首を左右に振っている。その姿に、しがみついていた人々は笑った。安堵の笑いだった。

「大変だったなあ。今度は落っこちないようにしなされよ。」同じように手すりにしがみついた男が叫んだ。五助も続けた。

「今度は、ほれ、俺みたいに、ズボンのベルト、手すりに通して、ほら、こんな風に。」

それを聞いた男達が、慌てて一平や五助の真似をした。これでもう、振り落とされることは無いだろう。復員兵は五助に頭を下げている。最後尾にいた男が、その兵士に何か投げながら叫んだ。

「俺のにぎりめしさ、やるから。それで、精をつけなされや。気ぃつけていきなされ。」

食糧の不足した中で、それは最大級の思いやりだったろう。

復員兵はにぎりめしの入った包みを胸に抱きながら、大きく手を振った。しがみついている人々もそれに答えた。汽車はさらに速度を上げていく。

「俺たちも落ったねぇようにしねえと。今度こそおだぶつだぞ。」誰かが叫んでいる。

「違えねえや。だどもあんまり騒がねぇほうがええぞ。腹ぁ減るからな。」

その言葉に人々は笑った。朗らかな笑いだった。



「五助。」一平は初めて、五助を名前で呼んだ。

「なんでありますか?特務大尉。」

「もう、特務大尉と呼ぶのはやめにしてくれないか。もう、海軍はなくなってしまったんだ。昔のように呼んでほしい。」

「よろしいのですか?特務大尉。いえ、一平さん。」

「一平でいいよ。」五助は照れたように、頭をかいた。



人々の思いを乗せながら、春まだ浅い大気の中を、汽車は東京から離れていく。一平は去っていく街の残骸を見つめている。一平が何を考えているのかは、五助には読みとることができなかった。やがて日が暮れ、すぐそばにいる一平の顔も夕闇にかすんでいった。


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