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「坊ちゃん先生、今日は。
おれ、先生のこと、一生わすれません。
とっても楽しかったです。親切にしてくれてありがとう。
リレーのアンカーにしてくれたり、本をくれたり、うれしかったです。
先生のくれた「坊ちゃん」も「白鯨」もむずかしいけど、中学になったら全部読みます。
中学になったら、先生のところに遊びにいきます。
いま、じいちゃんたちの手伝いをして、おこづかいをためてます。
きっと遊びにいくから、まってて下さい。 ***
あれっ?こいつ、ふざけたやつだなぁ。あだ名で書くなんて。ちゃんと本名書けよ。」
古森の言葉に、聡一郎はまゆをひそめた。
「あだ名じゃない。それが本名なんだ。」同封された写真を渡した。二人は写真を見つめた。
「これが、ケンタかな?いかにも優等生って感じですね。」
「こっちがゴロー、ガキ大将だな。いたずらばっかりやりそうだ。こっちがサブ。すぐ殴られそうだな。」笑っていた二人の目が、少年の姿を捕らえた。二人の顔から笑いが消えた。
「この子?」
「そう、この子だ。」
「この子、混血?」
白黒写真に浮かび上がった他の三人とは明らかに違う明るい髪の色に、二人は顔を曇らせた。
「この子のお母さんは?」津山が尋ねる。
「いない。おじいさんと2人っきりで暮らてた。」
「私生児?母親はオンリーだったのかな?」古森がつぶやいた。
「おじいさんもこの子もイヤな思い、していたんでしょうね。」
「田舎は、ここもそうだけど、よそ者にきついっすよね。」
「ああ。」聡一郎は、少年とその祖父の境遇を二人に話す気には、とてもなれなかった。
「母親はどうしてるんでしょうね。父親はこの子のことを知ってるのかな?」
「父親は会いに来たらしい。」聡一郎はつぶやいた。
「あの子が言ってた。4つぐらいのとき、米軍将校が、I村にきたんだそうだ。そして、肩車してくれて、『お前は良い子だ』と、あの子ははっきり覚えていたよ。」
「親父に間違いないんすか?」
「解らない。でも、なんで、わざわざ、アメリカ兵が来るんだい。基地もないのに。しかも、将校が。」
「そのアメリカ兵は、今どこにいるんでしょうね?」
「さあ、ただ、その時、かでなに帰っていったらしい。そういっていた。」
「かでな?嘉手納基地ですか?沖縄の。」
「じゃあ、今は?」二人の顔色が変わった。
「ヴェトナムだろうな。北ヴェトナム軍や解放戦線と戦っているんだろう。」
「うっ、ソンミ村みたいなことを、この子の親父もやらされてるんじゃ・・」
「そんな・・」
「命令されれば、逆らえない。それが軍隊だろうからな・・」聡一郎の声は暗かった。二人も呆然と、聡一郎の話を聞いている。
「早くヴェトナム戦争が終わると良いですね。終われば、この子、また、親父さんに会えるかも知れない。」津山の声が虚ろに響いた。
「そうだな。」
三人は、黙って写真を見つめていた。蝉の声が高くなった。
「聡一郎。」背後で低い声がした。三人は飛び上がった。
還暦近い白髪の小柄な老人が立っていた。穏やかな感じながら、何とも言えぬ威厳を持つ眼差し、中高な顔。
「秋月先生。」「大(おお)先生。脅かさないで下さいよ。」
老人は、微笑みながら、三人に話しかけた。
「まだまだ、甘いのぉ、聡一郎。」
「すみません。」聡一郎は真っ赤になった。
「坊ちゃん先生も、大(おお)先生の前じゃ、俺らと変わらないな。」古森が津山にささやいた。
「ふふ。」津山も笑っている。
「三人とも、墓参りか、殊勝じゃの。」
「大(おお)先生もですか。」古森が聞いた。老人は頷いた。
秋月老人は自分の家の墓に詣でた後、長井家の墓にも手を合わせた。
「聡君が亡くなられてから、何年になるかな?」老人は、聡一郎の父親の名を口にした。
「二十七年でしょうか?」聡一郎は記憶をたどった。
「今年もいくのか?」
「いえ、今年はいけません。」
「そうか。儂(わし)だけか。」老人は遠い目をした。
「お祖父さんはご健在かな?」老人が聞いた。
「はい、すっかり足腰が弱ってしまいましたが、元気です。」
「お祖父さんによろしく伝えてくれ。」
そういうと、老人は帰っていった。
去っていく老人の後ろ姿を見つめる聡一郎に、二人は声をかけた。
「坊ちゃん先生、大先生も確か、戦争に行かれたんすよね。」
「ああ、親父と同じ部隊だったそうだ。」
「じゃあ、先生のお父さんの亡くなられた場所とか、死んだ時の様子とか、知ってるんじゃないんですか?」
「大先生は、何て言ってるんすか?先生のお父さんのこと?」
「何も聞いてない。俺だけじゃない。俺のお祖父さんも、町の誰も知らないんだ。」
「何でなんすか?」
その問に、聡一郎は答えなかった。
しばらくして津山が口を開いた。
「大人は、誰も教えてくれないんですね。」聡一郎は黙っている。
「先生、俺たちは、みんな、『戦争を知らない子供』なんすね。」聡一郎は頷いた。
「坊ちゃん先生、戦争を知らない限り、俺たち、大人になれないんでしょうか?」津山がつぶやいた。津山の目に不安が映っている。
「バカいうな。そんなこと、有り得ない。」
あってたまるか。聡一郎は叫んだ。
しかし、叫びながら、聡一郎の心にも同じ不安が広がった。
「戦争を知らない大人ばかりなったら、この国はもっといい国になるんすかね。」
「そうさ、そうなるとも。ならなきゃいけないんだ。そうでなきゃ、戦争で死んだ人に申し訳が立たないじゃないか。」
聡一郎は、あたかも自分に言い聞かせるように、また、心に広がった不安を打ち消すように、力強く言った。二人も頷いた。
三人は、黙って長い間、参道の椅子に腰掛けていた。何種類もの蝉の声が聞こえてくる。
「お~~い、津山~、古森~」微かに二人を呼ぶ声が聞こえる。
「早く来いよ~。珍念の奴、カンカンだぞ~。今日、万博のスライド映写会をやるって、あいつ、張り切ってたのに。誰も来ないって。坊ちゃん先生も来て下さいよ。物理室に暗幕はって、待ってんだから。」
物理部の学生が息を切らしてやってきた。
「そうだ、すっかり忘れてた。やべぇ。このくそ暑いのに、物理室?ちぇ。」
「しかも締め切って、拷問だぁ~。まいったなぁ。」
「チンネン?お前ら、木村先生のことをそんな風に・・」聡一郎は呆れている。
「珍念は珍念っすよ。誰も、木村先生なんて呼ばないっすよ。」
「早く来てくれよ。」
「よっし、それ~。」「行け~。」二人は、やってきた学生の自転車に飛び乗った。
歓声を上げながら自転車が坂道を下っていく。唖然としていた聡一郎だったが、やがて、笑いながら、ゆっくりと同じ道を降りていった。
坂道からは、A市の全容がよく見えた。新築したばかりの城の天守閣が夏の日差しに白く輝いている。澄んだ夏空のもと、聡一郎は、彼方に広がる飯豊連峰の姿を見晴るかした。
二十五回目の夏が、過ぎ去ろうとしている。
完
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太平洋戦争関係の二次創作&オリジナル小説を書いています。
また、中世~近現代のロマンス小説も書きます。